久しぶりに実家に帰った。 周りの緑が少し増えていて、さらさらと吹く風が懐かしくて暖かかった。 ぼーっと眺めていると、中から「おかえり」と笑顔で迎え出てきてくれた。 知らない女の人だった。 入ってみると、ガラリと雰囲気は変わっていた。 本棚もテーブルもキッチンも、私が知らないものだった。 変わっていないのは、廊下に貼られた家族写真と壁際のアップライトピアノだけのようだった。 綺麗に片付いたリビングに案内されて、少し待ってねと紅茶を入れてくれた。 母はいつもコーヒーを飲んでいた。 朝起きるとコーヒーメーカーのコポコポと沸く音と、換気扇の回る音と、 少しだけタバコのにおいがする。 大きくため息をつきながら、私の水筒にお茶を入れる。 あの母はどこに行ったのだろう。 ふんわりと甘く香る紅茶を飲みながら、 私と夫との暮らしや久しぶりに会った高校の友達との会話を、だらだらと喋った。 二階から音がして、パタパタと父が降りてきた。 この家で会うのは、たぶん、小学生ぶりだと思う。 父は相変わらずのんびりとしていて、少しぎこちなく笑う口元が私の夫に似ているな、と思った。 穏やかな時間だった。 次の日、帰り際に母のようなその人は、 あの頃は、こんな風に毎日過ごしてあげられなくてごめんね。と言った。 あの頃のまんまでいいのにな、と思ったけれど、ありがとうとだけ伝えておいた。 父は困ったような顔で、大事そうにその人を眺めていた。 次に帰る時は、甘い紅茶を買って帰ろう。 少しだけ、コーヒーのにおいに期待して。
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