信号が黄色に変わる。 アクセルを踏み込んだ。 赤に変わるのを確認しながら、踏み込んだままの右足は緩めなかった。 真っ昼間だというのに見通しの悪い交差点、粉々になればいいと思った。 赤になったから、危ないから、止まれと言われて止まるのはもう嫌だった。 私はまだ23歳だった。 気が付けば知らない人が『命』と言うだけで、必死に助けようと手を伸ばしてくれる。 買い物帰りのおばちゃんは、私がとんでもない罪人である可能性は考えない。 誰も彼も同じように、仕方がないことだと遠く横目で通りすがるだけ。 あの教室とあの結婚式とあの家のリビングを思い出す。 粉々にならなかったことを悔やむ私の顔は、まだ生きたいともがく未来ある若者の顔。 おばちゃんの優しさは私への否定。理想と夢と可能性。 23歳の私では、23歳を応えられない。 今朝飲んだ缶ビールはまだ体内に残っていて、リビングには私を呼んで泣く声が残っていて、 おばちゃんのせいで私の命は残っていて、目を瞑っても希望が残っていて、 託した赤信号はとっくに青かった。
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