毛先だけ、茶色く染まった肩までの髪、後ろ姿、左手にエコバッグ、右手に息子。 左腕をぐんぐん引かれて足が絡まる。 それでも必死に離さない。 振り向いてくれない母親の、右手を絶対に離さない。 誰よりも愛、これが愛だと疑わない。 当たり前に引っ張る、母親が、羨ましかった。 35歳を超えたら高齢出産で、母子ともにリスクが年々高くなって、私はどんどん弱くなって、 それでも、右手はまだ握れない。 掴みかける瞬間も振り払いながら、私だけのために、目の前の日々に掴みかかる。 幼稚園に向かう途中、大きな犬がいる曲り角を、 お母さんと歩かなくても平気になったのはいつからだっけ。 一人で夜道を歩いても、もう親切な誰も声を掛けてはくれない。 お母さんに電話もしない。 階段から落ちたと連絡を貰うのは、私の方になった。 今も、どこかで左手を伸ばして、私の右手を探しているのだろうか。 振り払われる左手に、どうか傷つかないでいて。 まだ、あの頃には、戻れない。
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