インスタントコーヒー

食パンを2枚トーストする。
一緒に買ったケトルでお湯を沸かす。
マーガリンとジャムを塗って、インスタントコーヒーをお湯で溶かす。
今日が何回目かも分からない、いつも通りの朝だった。

少し早起きだったけど、2人とも寝坊せずに起きられた。
私の運転で空港に向かって、彼だけが車から降りた。
帰り道、立ち寄ったコンビニで最近お気に入りだった曲が流れる。
私ひとりじゃ気にも留めない流行りの映画の主題歌を、口ずさむ彼が頭に浮かぶ。

とっさの「会いたい」が出口を失って喉につっかえて、
数十分前の助手席が遠い昔のことのような気がして。
急いで車に戻ると、まだ、少し、残った、私以外の匂いに、鼻の奥が締め付けられる。
一秒一秒が果てしなく長く続いていく。
誰もいない家に帰るのが怖い。

玄関のドアを開けると少し散らかったままの部屋に、彼の帽子が転がっていた。
「また忘れてるよ」とラインを送って、すぐに、
ごめん!捨てといて!
の返事が来た。

最後まで私は泣かなかった。
空港の駐車場でハンドルに手を置いたまま、気を付けてね!って笑顔で言えた。
少し歯を見せて両手の荷物をぐっと持ち上げて、ありがとうと言った彼は涼しげで、
遠くを見た目元に私なんかは映らない。
もう映らない。
いつから。

いつもの部屋で、帽子とスマホを握りしめたまま、誰にも知られずにわんわん泣いた。

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