こども包丁

お母さんの手伝いが好きだった。
家族が着る洗濯物を畳むのが好きだった。
私が切った野菜を美味しいと食べてくれるのが嬉しかった。
私が手伝うとお母さんは、勉強をしなくても怒らなかった。

いつも学年上位の成績のお姉ちゃんは、雨の日に2階の窓から教科書を投げた。
シワシワによれた教科書をタオルで押しながら、お母さんは悲しそうだった。
私はそんなことはしない。
九九が言えない私をおばあちゃんは心配して、机の隣でドリルの丸を付けてくれた。
そんな、おばあちゃんの優しい厳しさに私は泣いて、お姉ちゃんがおばあちゃんを殴った。
お姉ちゃんは国立の大学院まで行って、安定した収入と家庭を手に入れた。
私は今も、お母さんの隣にいる。

外に行くとお母さんはお姉ちゃんの話をしたがった。
もう悲しい顔はしなかった。
結婚式や新築を建てる話をした。
私の話はあまりしなくなった。

おかしいな、と思った。
私が一番見たがったのはお母さんの笑顔なのに、
いつの間にか私の前では心配そうな顔しか見せなくなった。
仕事もお金も恋人も無い私は、もうお母さんを手伝ってもあの頃のように笑顔は見られない。

何がダメだったんだろうね。
同じように育てたつもりだったのに。

ごめんなさい。

うまくいかないなあ、と思った。

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