みやい

頭皮

もうあとは家のローンを払うために、馬車馬のように働くだけだよ。 二十歳の私をベッドに転がしたまま、ガラスのテーブルから煙草を拾う。 好きでもない小太りのこの男と結婚した奥さんは可哀そうだ。 まだ30そこそこのくせに脂ぎった頭皮に乗っかった、...

肌色

小さいころ、おばあちゃんちの隣に小さな公園があった。 学校から帰るといつも遊びに行った。 ある日いつものように公園に行くと、少し年上の男の子たちに靴が変だと笑われた。 その時のわたしは一番のお気に入りの靴を履いていて、かっこよくて大好きだっ...

こども包丁

お母さんの手伝いが好きだった。 家族が着る洗濯物を畳むのが好きだった。 私が切った野菜を美味しいと食べてくれるのが嬉しかった。 私が手伝うとお母さんは、勉強をしなくても怒らなかった。 いつも学年上位の成績のお姉ちゃんは、雨の日に2階の窓から...

インスタントコーヒー

食パンを2枚トーストする。 一緒に買ったケトルでお湯を沸かす。 マーガリンとジャムを塗って、インスタントコーヒーをお湯で溶かす。 今日が何回目かも分からない、いつも通りの朝だった。 少し早起きだったけど、2人とも寝坊せずに起きられた。 私の...

栄養士

いつからか、こんなにも、遠くなっていく。 見渡して独りだと気づいたときには声も届かない。 どこにも力が入らないのに動悸だけは激しく、私に、響く。 中学生のころ一緒に夢を追いかけたあの子は、高校生になると大学入学を夢見た。 薬剤師のお母さんと...

半袖

雨上がり、夏の匂いが無くなった。 じんわりと肌を冷やす湿度が通過する。 まだ半袖で駅まで歩く。 私は少し恥ずかしい。 水溜りに右足を引っかけて、すぐに染み込んだストッキングが気持ち悪い。 傘を持たずに家を出たせいで、帰りが遅くなってしまった...

匂い

キャリーケースを開けた。 あの頃の匂いが、むわっと広がる。 忘れていた、使いかけの衣類洗剤とスーツケースベルト。 あの時その場所見た景色が、頭の中を駆け巡る。 最後の旅行はいつだっけ。 いつも一人だった。 高校三年生で東京に行くことを覚えた...

右手

毛先だけ、茶色く染まった肩までの髪、後ろ姿、左手にエコバッグ、右手に息子。 左腕をぐんぐん引かれて足が絡まる。 それでも必死に離さない。 振り向いてくれない母親の、右手を絶対に離さない。 誰よりも愛、これが愛だと疑わない。 当たり前に引っ張...

歪み

あなたの隣で息を止めた。 私だけでも時間が止まればいいと思った。 私を助手席から降ろしたあと、彼はまた家族を始めてしまう。 知らない女の人がアイロンをかけたシャツを着て、知らない子供にパパと呼ばれて、 ニコニコと食べ終わった食器を洗って、今...

猛暑

バチンバチンとアスファルトに体を打ち付けながら、セミが突然飛んでいく。 外に出るのは危険な暑さらしい。 町内放送で流れていたのを聞いていたけれど、おばあちゃんはお墓参りをやめられない。 もう、バケツに水を半分も入れると運べなくなっていた。 ...