二人暮らし

白濁した中でゆらゆら揺れるふつふつ弾む。牛すじ肉の頭がてらてら光る。暗くなったリビングの電気も付けずに、キッチンでふらふらと漂う。もこもこのスリッパが脱げないように、足の指先に力を入れてすいすいと回る。もうすぐただいまが聞ける。おかえり。朝...

相槌

さっきまで悪口を散々に言ったあとで、隣で相槌を打ちながら大好きと軽々口にする光景に吐き気がする。自分がどれだけ必要にされているかを他人の言葉を使って証明してみせて、正しい自分の味方を増やす彼女といると心が疲れる。そうやって愛想笑いを引き出し...

玄関のドアが開いた。バタンと閉まる音がして、何かが家の中に入ってくる。暮らし始めて1年の2dkの扉の向こう、キッチンで聞いたことのない音がする。流しっぱなしになっていたyoutubeを停止して、パタパタ、ピチピチ。音を聞く。薄暗いキッチンの...

先生

舞台袖、向こう側から当たるライトがまぶしい。レッスンリハーサル、言われたことやってきたことが頭の中を覆いつくす。何度も聴いた曲、と、息を吸う。高ぶりを笑顔で押さえて明るい世界へ。この瞬間、私が生きている証。思春期に肉付きが良くなってきた身体...

ちぎれる

ピーンと張りつめた糸が見える。指ではじくと切れそうなほど、細い細いピーンと張りつめた糸。あの子はいつも笑っていた。大変なんです困ってるんです。助けて欲しいときにヘラヘラと笑う癖が、私とよく似ている。みんなと同じように起きて、朝出かけることが...

うどん県

あんなに通った道路を、忘れかけていた感情で走る。片道3時間の、海沿いが続く道。バイクで毎週、鼻を赤らめて冷たい手足で、鍵を開けてから言う最初の冗談が好きだった。もうあの家には住んでない。途中で寄ったうどん屋さんで、ひとり。寂しくて車から出ら...

かもめ

大きな翼を広げて、まだ灯りのついていない街灯からかもめが飛び立つ。キャップのツバよりも低く、景色をオレンジ色に変える。歩いて20分以上もかかる大橋。東京と標準語が怖い、この町。みんなが言っているらしい噂と、従わなければいけない声。指さす方に...

ドライフラワー

彼女はドライフラワーが好きだった。おしゃれなものは、スワッグとかいうらしい。家にはいつも花があって、花びらが散るのをひどく嫌った。会う時はいつも綺麗だった。明るめに染めた長い髪は、クルクルと背中までいつもふわりと揺れていた。おしゃれなカフェ...